RANMARU! BBS

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 なかば、私のツイッター化の掲示板ですが、気味悪がらずに書きこみいただけるとありがたいです。
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まるっと!ぎふ - うきき

2026/09/27 (Sun) 08:07:32

14:06〜「ぎふト紀行 猛将・森長可と美濃金山城」

見逃し配信
https://www.web.nhk/tv/an/marutto-gifu/pl/series-tep-N5ZVM8KM5L/ep/4EZBBMHYFV


大河ドラマゆかりの地へ!岐阜 可児市 “鬼武蔵”森長可の城 美濃金山城跡にぎふトが見参!
ぎふト紀行 【総合】9/24(木) 夕方6時30分 ~まるっと!ぎふで放送予定 見逃し配信あり!
https://www.nhk.or.jp/gifu/info/articles/310/065/35/

クラファン進捗情報 - うきき

2026/09/19 (Sat) 09:33:45

2026年09月18日 17:00
ついに柄が完成しました!イベント出展情報と体験会準備についてお知らせします!
https://www.furusato-tax.jp/gcf/4128?project_progress=8923#progress
(※ふるさとチョイスGCFサイトの「みんなが、触れて、手に持てる名槍「人間無骨」をつくりたい 鬼武蔵と呼ばれた戦国武将、森長可の名槍「人間無骨」を故郷可児市へ」に移動します。)

『言継卿記』の森伝兵衛可隆に関する記述 - うきき

2026/09/18 (Fri) 17:18:03

山科言継の著書に森伝兵衛可隆(4月25日に討ち死に)の記述。

雑談の中で、
「福角、森傳兵衞、毛利河内守等討死必定云々」の話が出てきたようです。

福角、森伝兵衛、毛利河内守らが討死したのは間違いない、などと話題になった感じですかね。


『言継卿記 第四 (国書刊行会刊行書)』
https://dl.ndl.go.jp/pid/1919259/1/213?keyword=森伝兵衛


永禄十三年(元亀元年)五月廿九日(29日)の記述


〇越前之儀、日々沙汰共有之間、彈正忠宿へ罷向、留守之衆島田但馬守、佐藤三川入道、猪子外記入道、鷹師衆等雑談、福角、森傳兵衞、毛利河内守等討死必定云々、次真如堂蓮光院へ罷向、一盞有之、叉島田所へ蓮光、合同道能向、武家へ参云々、信長自筆状到來云々、金之崎之城渡之間可作事、番匠、鍛冶、をか引等七十人計可下之由有之云々、

『言継卿記』の森三左衛門可成に関する記述 - うきき

2026/09/18 (Fri) 22:31:42

③の鈴に気を取られて、本日は①②を現代語訳する時間がなくなってしまいました。

どうして可成の家臣が「鈴」?
と思ってとまどったのですが『言継卿記』をざっと見渡すと、多くの人たちが山科言継に鈴をあげてます。
鈴が好きなんですかね。


『言継卿記 第四 (国書刊行会刊行書)』
https://dl.ndl.go.jp/pid/1919259/1/213?keyword=森三左衛門

①永禄12年3月17日:梨門に同行するので織田の陣所へ先に行くと、森三左衛門(可成)が奏者(取次役)だった。

『梨門織田所へ可有渡御、可有御同道之由候間、先へ罷向、引合十帖段子一端被遣之、森三左衞門奏者也、懸御目御禮申之、軈還御了、予同歸宅了、次梨門へ參、御酒被下了、次長橋局、内侍所等へ罷向了、』
========================

②山科言継が午の刻に出掛けようとしたら、争いが起こっていて出かけるのを延期。森可成は討ち死に。

『元亀元年9月20日:午時可發足之處、越州衆、北郡高島衆等、其外一揆共三萬計坂本へ打出云々、仍志賀之城之大將森三左衞門取出、千計討取、但小勢六百計之間、三左衞門討死、坂本、四屋、其外山かみ、西ごり、大津等放火之間、先今日令延引、烏丸一、柳中等同心了、森内武藤城堅固に相抱云々、一揆之外衆七千計云々、』

========================

③元亀元年10月17日:先日負傷した森三左衛門可成の家臣が薬のお礼として鈴を持参、御大工の伴左衛門を同道させてやって来た
(※言継は公家であり医師でもあります)

『去比之手負森三左衞門內者藥之禮に鈴持參、御大工伴左衞門令同道來云々、』

『史料綜覧』 - うきき

2026/09/18 (Fri) 13:54:17

東京大学史料編纂所(東京帝国大学文学部史料編纂所)編の『史料綜覧』を
国立国会図書館デジタルコレクションで読むことができます。
家で調べ物ができるの、本当にありがたい。
※私が必要な巻のリンクだけ掲載しました。
________________________________________________


『史料綜覧 巻第十』 
室町時代之四・安土時代之一  
天文6年(1537年)-元亀3年(1572年)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2989108

『史料綜覧 巻十一』
安土時代之二/桃山時代之一  
天正元年(1573年)―天正11年(1583年)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2994257

『史料綜覧 巻十二』 
桃山時代之二         
天正12年(1584年)-文禄元年(1592年)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2994258

『史料綜覧 巻十三』
桃山時代之三         
文禄2年(1593年)-慶長8年(1603年)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2994259

『史料綜覧 巻十四』 
江戸時代之一         
慶長8年(1603年)-慶長19年(1614年)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2989109


『史料綜覧 巻十五』 
江戸時代之二         
慶長19年(1614年)-元和7年(1621年)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2989110

『史料綜覧 巻十六』 江戸時代之三         
元和8年(1622年)-寛永9年(1632年)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2994260


『史料綜覧 巻十七』 
江戸時代之四         
寛永10年(1633年)-寛永16年(1639年)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2966192

『大日本史料』も巻によっては閲覧できます。 - うきき

2026/09/18 (Fri) 14:33:25

1901年(明治34年)から出版が始まってまだまだ現在も出版が続いて完結していない『大日本史料』ですが、巻によっては閲覧できました。

国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/
国立国会図書館デジタルコレクション「大日本史料」検索結果 
https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?keyword=大日本史料


『史料綜覧』は「史料探しの目録・索引」

『大日本史料』は「本文が読める史料集」です。


※『大日本史料』は網羅的すぎるがゆえに現在も編纂が続いており、未刊行の年代が多く存在します。
その隙間を埋めて調査をスムーズに進めるために作られたのが『史料綜覧』です。

とりあえず『史料綜覧』の中にあるけど、まだ『大日本史料』で刊行されていない史料も東京大学史料編纂所に所蔵されています。

国立国会図書館デジタルコレクションで森家ワールドが広がる。 - うきき

2026/09/18 (Fri) 14:58:27

ちなみに、国立国会図書館デジタルコレクション上の『史料綜覧』や『大日本史料』はログイン無しでどなたでも閲覧可能ですが、
国立国会図書館デジタルコレクションの利用者登録(本登録)をすると、自分の端末(PCやタブレット、スマホ等)で「送信サービスで閲覧可能」となっている資料を閲覧することができます。

『岡山県史 第25巻 (津山藩文書)』や、『戦国鶴の軍団』、『清和源氏赤穂森家』も読めるようになりますよ~。

国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/
(※このページの下方に「利用者登録(本登録)をする」ボタンがあります。登録には本人確認書類の画像ファイルのアップロードが必要です。)

やってみよう!K検定(可児市) - うきき

2026/08/13 (Thu) 02:36:35

やってみよう!「K検定」
https://www.city.kani.lg.jp/12335.htm

2026年度版K検定
https://www.i-tools-dc2.net/k-kentei/index.cfm
「上級」の合格者は希望すると2026年度版の鶴丸缶バッジがもらえます。

合格記念品が届きました! - うきき

2026/09/15 (Tue) 19:34:06

上級の合格記念品(美濃金山城跡缶バッジ)が届きました。
オンラインで受検できますよ。

刀 無銘 正宗(名物若狭正宗) - うきき

2026/09/10 (Thu) 15:45:42

梅が木下勝俊に輿入れの時に、森忠政が引き出物として送った名刀。(は、これでよいのですよね?)

三の丸尚所蔵:
蔵館刀 無銘 正宗(名物若狭正宗)
https://collection.shozokan.nich.go.jp/collection/object/SZK002453
(※皇居三の丸尚所蔵のサイトに移動します。)


所有者:(森家)森可政→森忠政→木下勝俊→豊臣秀吉→徳川家康→池田輝政(池田家)→徳川家(以上、『森家先代実録』)→明治天皇

Re: 刀 無銘 正宗(名物若狭正宗) - うきき

2026/09/10 (Thu) 16:08:36

『埋忠銘鑑』若狭正宗の押形
https://dl.ndl.go.jp/pid/1183661/1/78
(※国立国会図書館デジタルコレクションに移動します。)

無題 - 高木鋼太郎

2026/08/25 (Tue) 08:40:21

うきき様 申し訳ありませんが、的場なる地名も聞いたことは在りません。どこなんでしょう。

兼山町的場 - うきき

2026/08/25 (Tue) 13:14:36

日比野さんのお話しはどこの場所のお話しでしたでしょうか?

下方でご紹介した「兼山町土地宝典(https://dl.ndl.go.jp/pid/1184075/1/31)」の地図を北を上にして再掲載しておきますね。
画像クリックで大きく見れるかと存じます(→)。
的場エリアにある「的」「場」の字を赤い四角で囲んでいます。
google mapストリートビューで見る限り、現在は藪に覆われているようです。

無題 - 高木鋼太郎

2026/08/24 (Mon) 15:24:00

うききさんが何故「的場」が気になっておられるのか気になります。昭和40年頃、日比野金一さん?が、ポツンと一軒家的な感じで、農業をやっておられた様に記憶しています。

超一級情報ありがとうございます。 - うきき

2026/08/24 (Mon) 21:45:03

貴重な情報ありがとうございます!

この「的場」という小字は、美濃金山城に付随して設置された弓場・鉄砲射撃場に由来するのかもしれないと思いました。
城下には決まって訓練場である「馬場」「的場」があるものですから。

この「的場」は、古城山の裾野にあって城内あるいは城下町からすぐにアクセスできる場所ですし、弓矢や鉄砲の訓練を行う場として地理的に最適なロケーションではないでしょうか。

実際にそのような伝承とかございますか?
さきほど、もしや『兼山町史』に書いてあるかもと思いましたが、「古城山の地名」の中に「的場」はありましたが、地名の由来の解説まではしてくれていませんでした。
何か確信に結び付く手がかりがあるとよいのですが…。

「的場」が森一族やその家臣団が、弓鉄砲の稽古に励んだ場所であった可能性を思い、ぜひ次回行ってみようと思っていたのですが、google mapストリートビューを見る限り草木深しで中の状態を覗き込むことも無理そうですね。

それだけに、髙木様の情報はありがたいです。
昭和期は「的場」は農地、つまりは見通しの利く平地・山麓の開けた場所だったのでしょうか。

「的場」が気になる - うきき

2026/08/21 (Fri) 20:37:34

岐阜県可児郡兼山町土地宝典
https://dl.ndl.go.jp/pid/1184075/1/31

Re: 「的場」が気になる - うきき

2026/08/21 (Fri) 20:44:14

google map旧小字「的場」
https://maps.app.goo.gl/qogteoJ8SDVJf8M7A
google map ストリートビュー
行ってみたいと思ったら入りようのない藪。
https://maps.app.goo.gl/Gf4tBcTaHEtut46X6

今渡の地名の由来 - うきき

2026/08/19 (Wed) 14:27:51

金屋村ハ土田の東にあり古名を今渡といふ
天正十年森武藏守の軍勢加茂郡米田城主肥田玄蕃を攻むとて七月二日金山を打立けるが中井戶の渡り羣集して渡かたかりけれハ玉木三藏後藤平左衞門等金山の町裏へ下り立やにはに川を渡しさきがけのはたらきせしより
其所を今渡りと名付たるよし 金山記に見えたり東山道のあひの宿にて休茶屋あり
『新撰美濃志』

========================
(現代語訳)
金屋村は土田の東にあり、古名を「今渡」といった。
天正10年、森武蔵守(長可)の軍勢が加茂郡米田城主・肥田玄蕃を攻めるため、7月2日に金山を出発したが、中井戸の渡しは人が大勢集まっていて渡りにくかったので、玉木三蔵、後藤平左衛門らは金山の町裏へ下り、すぐさま川を渡って先陣の働きをした。
それでその場所を「今渡」と名付けたという。『金山記』に載っている。
ここは東山道の間の宿で、休憩する茶屋があった。
『新撰美濃志』

Re: 今渡の地名の由来 - うきき

2026/08/19 (Wed) 15:26:22

金屋村地図
https://geoshape.ex.nii.ac.jp/nrct/resource/21/210000281900.html

金屋村は土田の東にあり、現在の今渡にあたる地域


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