
森義隆の館跡 - うきき
2026/02/12 (Thu) 07:44:19
No.3 源義隆・頼隆
『義隆・頼隆とも厚木市との直接的な関わりは見られず、荻野川に架かる源氏橋にある平成4年(1992)に建立された源氏河原の碑に「陸奥七郎が館の跡は ここらあたりか源氏橋」と刻まれている程度となっています。 鎌倉幕府成立後、頼隆は拠点を信濃へ移し、若槻氏や織田家の家臣として活躍した森可成らを輩出した森氏の祖となっていきます。』
https://www.city.atsugi.kanagawa.jp/atsugicitymuseum/2/greatfiguresinhistory/46124.html
(※あつぎ郷土博物館サイトに移動します)
源氏河原
https://maps.app.goo.gl/M7BSW17fTrSTPdEg7?g_st=il
なでしこの花 - うきき
2026/02/05 (Thu) 11:35:01
前妻の宝泉院(梅/可成の娘)が京都で亡くなったので、その跡を訪ねて木下長嘯子(勝俊)が詠んだ歌二首
________________________
『寶泉院の無跡みにまかりて、色々の草木ともこゝろをとゝめてうへをかれたるを、かたみにともおもはてしもやとみめくらされて、』
・なき人の宿の草木をかきなてゝうへけん物と立居てそみる
・露きへし人のうへにもいかはかりおもひをきけんなてしこの花
______________________
国立公文書館デジタルアーカイブより引用いたしました。
・木下長嘯子『挙白集』
https://www.digital.archives.go.jp/img/4246231
40ページ目の左側のページにあります。
『主図合結之記』 - うきき
2026/01/10 (Sat) 19:34:43
《巻2》
◆飯山城
「森武蔵守長一領」https://webarchives.tnm.jp/dlib/img/2785/medium/L0210017.jpg
飯山城図https://webarchives.tnm.jp/dlib/img/2785/medium/L0210018.jpg
◆松城(松代城)
「森武蔵守長一」「右近大夫忠政」https://webarchives.tnm.jp/dlib/img/2785/medium/L0210019.jpg
松城図https://webarchives.tnm.jp/dlib/img/2785/medium/L0210020.jpg
◆岩村城
「森蘭丸」「兄武蔵守長一」「弟忠政」の文字ありhttps://webarchives.tnm.jp/dlib/img/2785/medium/L0209995.jpg
岩村城図https://webarchives.tnm.jp/dlib/img/2785/medium/L0209996.jpg
《巻4》
◆津山城
森美作守忠政https://webarchives.tnm.jp/dlib/img/2787/medium/L0210131.jpg
津山城図https://webarchives.tnm.jp/dlib/img/2787/medium/L0210132.jpg
明けましておめでとうございます - うきき
2026/01/05 (Mon) 12:30:06
森長可公は午年生まれ(永禄元年戊午年)
本年もよろしくお願いいたします
Re: 明けましておめでとうございます - 髙木鋼太郎
2026/01/08 (Thu) 11:54:03
長可の最後の想いを是非、皆様にお伝えしたいと考えております。確かに八幡林の敗戦には屈辱感を味わいましたが、私の遺言書で、最も訴えたい点は、巻四に書かれているように思います。"うきき”さんのご活躍に期待しております。 代長可
Re: 明けましておめでとうございます - うきき
2026/01/09 (Fri) 10:37:41
髙木鋼太郎様:
令和8年初コメントどうもありがとうございます。
今年も、モリモリ頑張ります。
それが髙木さまのお力になれると幸いです。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
Re: 明けましておめでとうございます - 伊太利亜国森家子孫
2026/01/09 (Fri) 14:39:43
うきき殿、新春の御慶申し納め候。
本年も我が森家へのお志、いよいよ盛んになられますよう、陰ながら念じております。
何卒御身大切にお過ごしあそばせ。
Re: 明けましておめでとうございます - うきき
2026/01/10 (Sat) 19:02:48
伊太利亜国森家子孫様:
明けましておめでとうございます
コメントどうもありがとうございます。
お互いに元気でモリモリいたしましょう。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
可児市兼山 - うきき
2025/11/24 (Mon) 19:29:36
久しぶりの美濃金山城跡(岐阜県可児市兼山)です。
南腰曲輪の犬走がきれいに整備されています。
Re: 可児市兼山 - うきき
2025/11/24 (Mon) 19:43:15
今回は搦手道から降りずに伝可成寺跡を散策しました。
こちらもきれいに整備されていてとても見やすく、
歩きやすくなっていました。
まずは座禅岩が目に飛び込んできます。
現地の説明を読んで、ようやくこの「座禅岩」の
謂れを知りました。
『座禅岩』(現地の説明板)
これより上方100mの頂上に、
元亀2年(1571) 金山城の初代城主森可成の
菩提寺成寺が建立されました。
(その後ふもとの城下町に移転されています)
当時の住職英厳和尚が座禅を組み修行したと伝わ
る岩です。
森家先代実録巻四について - 髙木鋼太郎
2025/11/14 (Fri) 13:00:46
大変ご無沙汰しております。最近、小牧長久手の戦いを考える上で『森家先代実録巻四』と『池田家履歴略記』の記述が極めて重要かと思っていますしかし『森家先代実録巻四』は殆どの歴史研究者に無視されている様です。長久手町史;史料編6にも1行載っているのみです。史料的に価値がないのか、あるいは意図的に無視されているのか私には良く解りません。お教えいただければ幸いです。
Re: 森家先代実録巻四について - うきき
2025/11/14 (Fri) 19:18:25
お久しぶりです高木様。
お元気そうで何よりです。
可児市発行の三浦正幸先生の講演録を読みましたが、高木様のことをお話しなさっていて心強いですね。
私は建築などは素人なので金山越しについて自分なりの答えを今も出せませんが…。
さて、お尋ねの件ですが、
理由としては、森忠政が転封になって兼山を去ったせいで、
森長可にゆかりのある兼山、あるいは岐阜県可児市に『森家先代実録』の原史料が残っていないのが一番大きいと思います。
『森家先代実録』は、森家に伝わる古文書はもとより森家家臣や池田家に伝わる文献や、江戸時代に成立した文献・逸話集などから引用して成立している部分も多いので、歴史の一般論や、森長可の動向を語る場合には他の史料で事足りてしまう側面もあります。
かといって『森家先代実録』にしか見受けられない記述もあり、まさに森家のバイブルとなり得るものです。
細かいことをここに書けば長くなってしまいますので、
もし、ご研究のために『森家先代実録巻第四』の内容が何か必要でしたら、折り返し当方にお尋ねください。
Re: 森家先代実録巻四について - うきき
2025/11/14 (Fri) 22:38:36
高木様:
せっかくのご返信を削除して申し訳ございません。
内容は確認いたしました。
メールをお送りいたしましたのでご高覧いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
鬼武蔵・森長可の名槍「人間無骨」を手に刻め 可児市が触れるレプリカ制作へCF - うきき
2025/10/29 (Wed) 13:02:46
『鬼武蔵・森長可の名槍「人間無骨」を手に刻め 可児市が触れるレプリカ制作へCF』
『ひと突きで人の骨までなくなる-。恐ろしいほどの切れ味だったとされる戦国時代の名槍「人間無骨(むこつ)」。そのレプリカ(複製品)を作る試みを、ゆかりの可児市が進めている。誰でも触れて持てるような形に仕上げ、歴史発信と観光誘致に役立てる。 (山本真士)
人間無骨の使い手は森長可(ながよし)。森蘭丸の兄で、「鬼武蔵」の異名を持つ戦国武将だ。やりの名手とされ、織田信長や羽柴秀吉に仕えて各地で武功を立てた。...』
https://www.chunichi.co.jp/article/1154988?rct=gifu
(中日新聞社サイトに移動します。)